GINZA SONY PARK PROJECT

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未来をインストールする「パーク」

『WIRED』日本版編集長
若林恵
建築史家
倉方俊輔

TALK SESSION #02

開催日時
2016年7月16日(土)15:00〜16:30
開催場所
ソニービル 8F「コミュニケーションゾーン OPUS(オーパス)」

「銀座ソニーパークプロジェクト」を記念して、各界の著名人をお招きして開催しているトークセッション。第2回は、『WIRED』日本版編集長の若林恵さんと、前回に引き続き建築史家の倉方俊輔さんをお招きして「未来をインストールする『パーク』」をテーマに語り合っていただきました。

東京はフラット化して停滞してしまった

倉方:前回のトークセッションのお相手だった建築家の青木淳さんは、東京を代表する街といえば銀座で、銀座を代表するランドマークといえばソニービルというイメージだったそうです。でも、青木さんより15歳ほど年下の僕らにとっては少しイメージが違いますよね?

若林:そうかもしれませんね。僕が銀座に足を運ぶようになったのは大学に入ってからですが、当時はちょうどミニシアターブームで、銀座といえば映画を観に行く場所という印象が強かったですね。

倉方:(ともに1971年生まれの)我々にとっては、銀座よりも、新宿や渋谷こそが「東京」という感じでしたよね。

若林:「面白い都市」というのは時代によって変わってきました。今はこのエリアが面白いとなると、そのエリアに応じた新しいコンテンツが相乗効果的に生成されていくようなサイクルもあった。
でも近年の東京は、どこもフラット化してしまったというか、そうしたダイナミズムがある時点で終わってしまった印象がありますね。この状況は、東京をつまらなくしている気がします。

倉方:建物、コンテンツ、そして都市を作る環境、この3つの組み合わせが絶えず更新されていくのが面白い都市ではないでしょうか。時代によってこの組み合わせがどんどん変わっていくところに、面白みがある。
ただ僕も、今はどのエリアも平準化してしまっているように感じます。一つには、このエリアに住む人たちの年収はこの程度だから、このチェーン店を作るといったマーケティング的な落としどころが最初から見えてきて、それに応じた街づくりが行われているといったところがあるのではないでしょうか。

若林:90年代以降、大企業を中心に、誰もが物凄くマーケティング的な発想に頼るようになっているように思えます。今見えているマーケットに対してどうアプローチするかという発想がほとんどで。これでは現状売れているものの二番煎じ三番煎じになるばかりです。

こうしたマーケティングの手法の多くは、ユーザーの平均値にあわせていくというものです。つまり、マスの平均だから売れるだろうという考えです。でも、平均値に該当する人なんて、実は1人もいなかったりするので、誰もが平均値との間に差分が出てしまう。
ウェブの世界では今、その差分をいかに詰めていくかということが行われています。購入履歴や閲覧履歴を利用した、オンラインショップのカスタマイゼーションとかリコメンドなど、そこではもう、全体の平均値なんて全く意味を成さない。東京が停滞してつまらなくなった理由って、従来型のマーケティングに頼りすぎた、かつ今も相変わらずそれに頼っているところにあるんじゃないでしょうか。

一個人の中にもある多様性

倉方:近代の歴史には「国民国家」という言葉が頻繁に出てきます。一国一国民ですね。この考え方が国家から社会、会社組織にも波及していて、例えば、このビルはこの会社の所有物みたいな、ひとつのものをひとつの主体が占有するような構造をつくってきました。
でも、今も面白くなり続けている街というのは、こうした近代の分割と論理とは違うものがあるから成功していますよね。

若林:例えば、インターネットの普及によって、人の働き方が多様化しています。会社に属さないフリーランサーが現在どんどん増えていて、朝5時から働く人もいれば、夜しか働かない人もいるし、ある場所を基点として移動する人もいれば全く移動しない人もいる。
このような各自が全く異なるスタイルが一般化していくと、これは住居棟、これはオフィス棟といったような明確な機能分類が成り立たなくなり、一空間を一主体が占めるという構造がどんどん曖昧になっていきます。ちょっと前ですと、アメリカの大手IT系のオフィスには、滑り台や卓球台などがあるなんてことがたまに話題になったりしましたが、ここにある考えというのは、仕事と遊びの空間を分けない、ということですよね。空間を、いかに可変的、複合的なものとして扱うか、ということです。別の言い方をすると、多様性ということなりますが、いまは多様性と言っても「多様な個人が別々にいる」という話ではなく、「個人の中にある多様性」をどう扱うかという点にテーマは移ってると言えます。
例えば、自分自身を考えてみても、朝の自分と夜の自分では、興味のあるものが違ったりしますよね。『WIRED』のウェブサイトを編集するにあたっても、単純に読者個人をターゲットとするのではなく、その読者が『WIRED』に興味がある「時間」をターゲットにするといった発想が必要です。個人の中の多様性の、どの部分をターゲットとするか、ということです。

倉方:この前、作家の平野啓一郎さんとお話させていただいたんですけれども、近代小説は「分け隔てられない」最小単位である個人、つまり"インディヴィジュアル"な個人の葛藤を描くことで成立しているけれど、平野さんはそもそも分け隔てられない個人ということ自体がフィクショナルなものじゃないかと仰っていました。

若林:個人というものを最小単位として扱うというのは近代国家の基礎となる考え方なんだろうと思うんです。例えば軍隊を編成するときに、兵士ひとりひとりを同じレベルに教育していつでも交代可能なものにするということですね。学校教育や病院といったものの基本的な原理も同じだと思います。一人一人の人間が社会を構成する原子として個人化されることは、家とか地縁などの土着共同体に縛られていた時代よりは自由があるという意味ではマシだったとは言えますが、やっぱり近代制度はどうしたって抑圧的なものにならざるをえなかったという点で、粒度が粗いですし荒っぽいものにならざるを得なかったように感じます。これからの世の中に求められていることは、それよりもはるかにきめ細やかに、それぞれの個人の中の多様性を拾い上げて、それに寄り添っていくことなんじゃないかと思っています。

「パーク」はオープンな実験場

若林:たとえばアメリカのプロスポーツのスタジアムやアリーナは、単なる野球観戦のための「スタジアム」ではなく誰もが集える「広場」だったり、「商談のためのビジネス空間」などになっていて、文化、政治、社会、ビジネスなどが交錯する都市機能の一部になっています。税金を使って建てるものなので、そうしないと人々が納得しないんですね。機能を作り手が決定するのではなくて、使っている人のリクエストに応えて、多種多様な用途に対応できるような可変性を用意していますし、試合のない日は周囲が閑散としてるなんてことがないように、設計されていくわけですね。
銀座ソニーパークプロジェクトの考え方もそうですよね。それが現実的に可能かどうかはわかりませんが、あらゆる変動可能性を念頭に入れて、誰かが排除されることのない空間作りが、思想的に絶対に必要になると思います。

倉方:このプロジェクトで画期的なのは、新しい建物の形が決まる前から人々の意見を聞くというやり方をしていることだと感じます。建築というものはこれまでは、出来上がって初めて披露されるもので、建築途中で社会の意見を取り入れるといったことはあまり行われてきませんでした。こうした方法は、平均値や多数決といった従来のやり方以外のものが台頭してきた現代だからこそ出てきた方法かもしれません。

若林:単にいろんな意見を集めてそこから選択するんじゃなくて、おそらくは今OPUSの壁に貼ってあるような、色々な人々の意見や要望をひとつ残らず実現していく。今後このプロジェクトではそういうところを目指していくということですよね。

倉方:銀座ソニーパークプロジェクトの目指すべきハードルがまた上がりました(笑)。でも、これはこれ、あれはあれ、という枠組みからスタートするのではなく、理想状態を夢見ることが大事で、そのための手段を考えてみる。ここから、現代型の新しい都市が生まれていくんじゃないでしょうか。

若林:そうですよね。パークなんて、基本的には目的がないのが正解なんだから。誰かがこういうことをやってみたいと言ったら、すぐに試してみればいい。そのための「オープンな空間」、「オープンな実験場」としての銀座ソニーパークに期待したいですね。

PROFILE

若林恵
若林恵
1971年生まれ。ロンドン、ニューヨークで幼少期を過ごす。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。大学卒業後、出版社平凡社に入社。『月刊 太陽』の編集部スタッフとして、日本の伝統文化から料理、建築、デザイン、文学などカルチャー全般に関わる記事の編集に携わる。2000年にフリー編集者として独立し、以後、雑誌、フリーペーパー、企業広報誌の編集制作などを行なってきたほか、展覧会の図録や書籍の編集も数多く手がける。また、音楽ジャーナリストとしてフリージャズからK-POPまで、広範なジャンルの音楽記事を手がけるほか、音楽レーベルのコンサルティングなども。2011年より現職。趣味はBOOKOFFでCDを買うこと。
倉方俊輔
倉方俊輔
1971年東京都生まれ。99年早稲田大学大学院博士課程満期退学。博士(工学)。日本学術振興会特別研究員、西日本工業大学准教授などを経て、2011年より大阪市立大学大学院工学研究科准教授。著書に『吉阪隆正とル・コルビュジエ』(王国社)、『ドコノモン』(日経BP社)。共著に『東京建築 みる・あるく・かたる』(甲斐みのりと、京阪神エルマガジン社)、『大阪建築 みる・あるく・かたる』(柴崎友香と、京阪神エルマガジン社)、『生きた建築 大阪』(140B)、『これからの建築士』(学芸出版社)、『吉祥寺ハモニカ横丁のつくり方』(彰国社)他。監修・解説書に『伊東忠太建築資料集』(ゆまに書房)などがある。