



1957年12月 銀座・数寄屋橋にソニーが登場
現在の場所にネオン広告塔を設置。
トランジスタラジオ発売の2年後の1957年に
当時では初の豆球をつかったネオン広告看板が話題になりました。
1959年6月 ショールームオープン
焼けビルの1Fを改装して、約20坪足らずのフロアに製品を並べ、
ソニーショールームとして公開したところ、地の利もあって、
大変評判が良く、また製品も多くなって、手狭になってきたことから、
ソニービルの建築へと本格的に動き始めたのです。
1964年6月 ソニービル着工
「この銀座・数寄屋橋の一角を永久に確保し、同地から生まれる多くの面での効果を永続的に得たいと考え、土地所有者の方々のご了解を得て、ここにソニービルを建設することになったのであります」(ソニービル発表文より)
また、当時ニューヨーク五番街にショールームをオープン(1962年)したことも刺激となり、着工へと歩を進めていったのです。
1966年4月 ソニービル オープン
外壁にはめ込まれた2300個ものブラウン管テレビや、1Fのパネルヒーティング、日本一速いエレベーターなど、新しい構想で話題をあつめ、当時でも1日平均2万人を超える大盛況ぶりだったそう。
ちなみに、「Sony Aquarium」や「愛の泉」などこの時から続いているイベントもスタートしました。

建物を設計するにあたり、ニューヨークのグッゲンハイム美術館を参考に、
世界初(当時)の『花びら構造』という、ユニークな建築様式が採用されました。
建物の外観は質の良さから来る正確さと、無用の装飾を廃した機能的な美しさを
イメージとして、ビル自体が大きなソニー製品であるかのように表現されたのです。
建築家:芦原義信氏 (その他の作品:駒沢公園体育館や東京芸術劇場など)
※出典:The Story of Sony Building 1966-1986


晴海通り側に面したアートウォールは、普段はWの形に作られたアルミ製壁面が、光のあたり方で様々な表情を見せてくれます。このアートウォール一面に掲出する懸垂幕は、ソニービルの新しい情報発信スペースとして生まれ変わりました。
※アートウォール両側には、照明として、左右各103台計206台の高輝度白色LEDを日本初導入しております。
Event Information
アートウォール一面に掲出する、縦37.6m×横6m(約226m²)の大型懸垂幕。ソニーのアートプロジェクト「Canvas @ Sony 2011 アートウォール・オーディション」(※)の、グランプリ受賞者chiaki kohara(チアキ コハラ)さんの作品です。
※一般公募で選ばれた新進アーティストに、ソニーを表現の場として提供するプロジェクト。
創造力あふれる若きアーティストにソニービルの壁面 "アートウォール"を開放し、1年を通して作品を発信してもらいます。



1Fエントランスホール照明をフルLED化
ソニービルでは、 2009年7月から1Fエントランスホール照明を
全てLED照明に変更いたしました。
一般的にLED照明は、指向性と演色性に
課題がありましたが、
ソニービルでは
大型ライトパネルと高演色性LEDの
組み合わせによって解決し、
商業ビルのエントランス照明としては
初めてフルLED化を実現いたしました。
さらにスケジュール運転・調光制御によって、
昼・夜・イベント開催など
シーンに
合わせた
照明のエントランス空間を演出いたします。
また、消費電力は、変更前に比べ約40%削減。
風力発電による「グリーン電力証書」を
利用することにより、
環境負荷低減を促進しております。